大人 バックパッカー

管理人兼大人バックパッカー、ムサシのプロフィール


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子供バックパッカーとしての目覚め

大学を卒業しても、就職することはできなかった。ずるずると派遣社員になり、その職場で、このままでは未来がないことを知った。というのも、派遣先で200人以上の派遣・契約社員をまとめている部署のトップですら、契約社員にすぎないことが判明したから。

派遣先の会社は通信系の一部上場企業の子会社だった。親会社は、名前を聞けば誰もが知っている会社。しかし、そちらに勤めるような機会はないし、どれだけ頑張っても子会社の契約社員が限界の職場だと知った。別に出世したかったわけではないが、200人以上の部下を束ねる40代の上司を見たら、このレールから外れなければまずいと思った。

正社員になろうと漠然と思ったが、このまま正社員になったところで、新卒で採用された場合に比べてメリットが何もない。派遣社員時代は研修なんてなかったし、仕事内容もひたすら電話を受けるだけのオペレーターだったため、、実質的に社会人スキルがしかない。新卒で就職しなかったのは、新人研修の機会を逃し職務経歴に傷をつけただけになる。何一つメリットがない。

正社員になるのを、多少焦っても意味がなかった。つまり、時間はあった。お金はなかったが・・・。

せめて1つぐらい、卒業してすぐに正社員にならなかったことのメリットがほしいと思った。この思いが私を人生初の海外旅行に行かせた。

日本から出たことがなかったので、まずはパスポートを取り、以前から行ってみたいと思っていたヨーロッパに行くことに。途中、ストップオーバー(途中立ち寄り)のシステムを使い、韓国にも2泊。その後、イギリス・ベルギー・オランダ・ドイツ・フランス・スペイン・ポルトガル・イタリア・オーストリア・ハンガリー・ギリシャとお金が尽きるまで旅を続けた。

終わりの見えない旅だったため、最初に用意していたのは片道の航空券だけ。帰りのチケットはギリシャで旅行代理店に行き、ドーハ経由で帰ってきた。お金はないので、有り余る時間を時間を使って費用を節約する、典型的な子供バックパッカーだった。タオルや石鹸がないホテルも多かったので、それらも持参しての旅だ。

住んでいた都内のアパートは旅に出る時に引き払ったので、とりあえず埼玉にある実家に行くことに。しかし、ギリシャからあえて成田ではなく関西空港に行き、大阪・京都・名古屋にも寄ってきた。学生時代にバイトで貯めたお金を含め、まさに全財産を使い果たした旅だった。

就職・パワハラ・リストラ

想像以上に海外は刺激的だった。関空に着いた時には、帰国した安堵感よりも、旅が終わった失望感の方が勝っているほどに。それでも、いい加減、就職しなければならないと思い、通販会社に入社。

ここではパワハラにはあうし、実質的なリストラにはあうしで、正社員になって将来に希望が持てるどころか、派遣時代が天国のように思える日々だった。

初めて海外に出て、旅への情熱が高まったところだったが、社員時代はそれどころではなかった。旅行に行くから有給を取るなんて、口が裂けても言えない。そんなことを言えば口を裂かれそうだった。

リストラされる前から、こんな人生を送り続けるのは無理だと思い、最初は転職しようと思い、少しでも有利になるようにビジネス実務法務検定試験を受け2級を取得した。しかし、私の場合には卒業してすぐに就職していない(派遣だった)上、正社員としての職務経歴が短い。しかも、所詮は人に雇われている以上リスクはある。その会社だって、ここまでひどいとは思わずに入社したわけだし。

そんなわけで、サラリーマンを抜け出す方法を模索することになり、副業を始めていた。リストラ後は、この副業が本業に変わった。

独立と移住、そして旅

リストラにあって副業を本業にしたのだが、独立してから当面は、さすがに収入を固めることに必死だった。副業で十分に稼げるようになってから辞めたわけではない。形式的な自主退職の形ではあったが、実質は唐突なリストラ(前日まではまったく気配もなし)だった。

それでもサラリーマン時代の給料レベルに達するには、時間がかからなかった。仮にも副業として行い、辞めた時にも10万円程度は稼げていたので、道は見えていた。

収入がサラリーマン時代を越えたあたりから、国内に旅に出るようになった。たとえば、日本三景の松島や山形の山寺(立石寺)等を求めて東北に行ったり、近場で高尾山に上ったり。ビジネスのかたわらで、息抜きに旅を楽しめるようになってきた。サラリーマン時代には考えられなかったことだ。

そして、ある時に決心したことがある。マレーシアへの移住だ。どこにいてもビジネスはできるので、日本にいる必然性がなくなっていた。実は、この移住の時が海外に出るのは2度目。下見もなく、ぶっつけ本番で初の東南アジアに移住してしまった。

そのおかげで、今まで行ったことのない東南アジアを中心とした国々が身近な存在になる。ビジネスが安定しサラリーマン時代の数倍の収入を得られるようになり、投資からの収入もまた、会社員時代の収入を越えた。経済的にも時間的にも、余裕が出てきた。

こうしたこともあり、マレーシアから海外に出る機会が増えた。今では、毎月のようにどこかの国へ行く。時には投資を絡め、時にはビジネスを兼ね、そして時には純粋に遊びのために。

その中で、自分なりの旅のスタイルも磨いている。もはや子供バックパッカーのような若さはない。20歳前後の若者と同じ事をしたいとは思わないし、大人だからこそできる旅の形を作りたいと思った。その結果として誕生したのが、大人バックパッカーという旅のスタイルだ。

ちなみに、海外移住半年にして急激にマレーシアのローカル料理に飽きが来たため、最近は毎日のように海外で和食レストランに行く和食派。


なお、私が大人バックパッカーとして自由に旅に出ることができるのは、どこでも稼げるようになったため。その方法について興味があれば、このメール講座ですべて明かしているので、そちらを読んでほしい。


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大人バックパッカーの秘密 海外ホテルの探し方 年に4回海外に行ける理由